薬剤耐性菌と抗菌薬適正使用

抗菌薬が効かない「薬剤耐性菌」をめぐる問題に注目が高まっています。特定の種類の抗菌薬が効きにくくなる、または効かなくなることを、「薬剤耐性」と言います。薬剤耐性は、細菌だけではなく、ウイルスや寄生虫でも確認されますが、今回は細菌に限定します。

WHO(世界保健機関)は2017年2月、新たな抗菌薬開発の緊急性が高い薬剤耐性菌のリストを初めて公表しました。スーパー耐性菌と呼ばれるカルバペネム耐性腸内細菌科細菌(Carbapenem-resistant enterobacteriaceae: CRE)など12種類を挙げ「治療の選択肢が急速になくなっている」と新規抗菌薬の開発を世界の製薬会社に対して呼びかけました。しかしながら、世界の製薬会社は新規の抗菌薬開発には積極的ではありません。抗菌薬の開発は1980年代を境に急速にしぼみ、90年代以降は新しいクラスの抗菌薬は登場していないのが現状です。

抗菌薬の開発縮小には、製薬会社が生活習慣病などの慢性疾患や、がん、中枢神経系疾患など、より高い収益性が見込める疾患に開発のターゲットを移してきたことが背景にあると言われています。新薬の開発には莫大な費用がかかりますが、抗菌薬の投与期間は数日から数週間と慢性疾患の治療薬に比べて短く、新たに開発された抗菌薬には耐性菌を生まないために使用上の制限がかけられるため、利益に結びつきにくいという側面があります。

日本化学療法学会や日本感染症学会など関係6学会は、2014年に発表した抗菌薬の開発促進に向けた提言で「企業がビジネスの原理で動かなければいけないのは明白の事実。この点で、成人病治療薬に比べて収益性の低い抗菌薬の開発は、製薬企業にとって研究開発を続けるのが難しいテーマの1つになっている」と指摘しました。

しかし、薬剤耐性菌の広がりは深刻で、英国の研究チームによれば、現在、耐性菌によって世界で年間70万人が死亡していると推定され、効果的な対策を講じなければ年間死者数は2050年には1000万人まで増えると予測されています。日本も例外ではありません。WHOが2014年に発表した報告書によると、代表的な細菌の日本での薬剤耐性率は、カルバペネム耐性緑膿菌が17%、第3世代セファロスポリン耐性大腸菌が18%、ペニシリン耐性肺炎球菌が48%、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌が51%。前の2つは諸外国と同じか低い水準ですが、後の2つは海外と比べてもかなり高い水準にあります。

世界中で特に深刻な問題となっているカルバペネム耐性腸内細菌科細菌 (CRE) の耐性率は0.1~0.2%と低い水準を保っているものの、国立感染症研究所によると、2015年に全国の医療機関から届け出のあったCRE感染症は1669人。このうち59人(3.5%)は報告時点ですでに死亡していました。

新規の抗菌薬の開発に期待が持てないとなると、既存のお薬をできるだけ耐性菌を作らないように、また広げないように大切に使用しなければなりません。

日本では2016年4月に薬剤耐性(antimicrobial resistance: AMR)アクションプランを発表し、2020年までに抗菌薬使用量の減少を目標にあげています。2016年5月の第42回先進国首脳会議、愛称伊勢志摩サミットにおいても保健分野の三つの柱の一つとして、首脳宣言や首脳宣言附属文書「国際保健のためのG7伊勢志摩ビジョン」において、G7首脳が薬剤耐性(AMR)対策の強化を掲げました。

2017年6月に厚生労働省からだされた「抗菌薬適正使用の手引き」のなかで、急性上気道炎に対して、多くはウイルス感染であり、感冒、いわゆる風邪に対しては、抗菌薬投与を行わないことを推奨する。としています。風邪といわれる上気道炎はほとんどがウイルスによる感染症であり、抗菌薬は効きません。抗菌薬は主に細菌に対して効果があるものであり、不適切な使い方により、その抗菌薬が将来効かなくなることがあります。我々医療従事者は不必要な抗菌薬は処方せず、適切な抗菌薬を適切な量、適切な期間処方する必要があります。また、処方される患者さんは、処方通りに使用することが大切です。処方された抗菌薬を途中でやめるとか、以前に処方された抗菌薬を自己判断で使用するとか、2錠で処方されているのに1錠しか内服しない、といった使い方をすれば耐性菌出現のリスクが高まります。不適切な使用を重ねると、耐性菌を生み出し、その耐性菌が周囲の人々に広がってしまう可能性があります。

薬剤耐性の拡大を防ぐためには、私たち一人ひとりが、適切にお薬を使用することが重要であり、これによって薬剤耐性のリスクを減らし、将来の我々の、また次の世代の命を守ることにつながっていく、ということを意味しています。

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